願いがいつか叶うまで

ひとりじゃない

ボートレース(競艇)について その3

 ところで、2014年のオーシャンカップとボートレースメモリアルは、「ナイター競走」として行われた。

 今年度から、下関ボートレース場が、新たにナイター競走を開始した。実は、ボートレースは、朝の8時台から夜の8時台まで、どこかしらのレース場で競技を行っている。これに年々拡大し続けている競輪の『ミッドナイト競輪』を加えると、朝の8時台から夜の11時台まで公営ギャンブルの投票券を購入できることになる。日本は公営競技大国なのだ。

 

 僕が観戦経験のあるボートレース場は、戸田・江戸川・平和島多摩川の4場だ。いずれも、上京生活時代に近くで行くことの出来たレース場である。ただ、悲しいことにこの4場は、いずれもナイター競走を行っていなかった。大井競馬のナイターレースまでの時間つぶしに、ときどき平和島に足を運んでいたことがあった。おじいちゃんばかりが群がっている中で、20代の若者である僕はとても浮いた存在だった。

 

 2014年のボートレースメモリアルがナイターで行われたのは、福岡県の若松ボートレース場である。ちなみに、福岡県には芦屋ボートレース場というレース場もある。いかんせん名前が名前なので、ほんとうに初心者のときは、「園田競馬の近くの高級住宅街にボートレースが!?」と当惑したこともあった。

 福岡県には、ボートレース場が3場ある。特に福岡市の福岡ボートレース場は2007年に賞金王決定戦を開催したこともあるくらいで、ボートレースが盛んだ。

 で、北九州市の若松でボートレースメモリアルは行われるので、東京の僕は当然現地で観戦することはできなかった。舟券の売り上げは、インターネット投票の割合が年々増えているようなことを聞いた。インターネット環境があれば、ボートレースは無料で観戦することができる。あの年のボートレースメモリアルは、どんな媒体で観たんだっけ? もう忘れてしまった。もしかしたら、スカパーの『レジャーチャンネル』に、もう加入していたかもしれない。とにかくネット中継かテレビ中継のどちらかで観るしかなかったのだ。

 

 さぁ、ようやく白井英治選手の登場である。

 前回も述べたとおり、白井は2号艇、そのひとつ内の1号艇は谷村一哉だった。

 優勝戦の、大時計の針が回る。

 白井がトップスタートを切った。1号艇の谷村に対し主導権を握った。白井は谷村をまくって先頭に立った。そのまま白井は独走でゴール、2着は賞金王決定戦を優勝したことのある辻栄蔵(4号艇)、3着は寺田祥(3号艇)で、谷村は白井にねじ伏せられた結果、最下位に敗れた。

 白井英治、「無冠の帝王」の汚名返上。

 それでめでたしめでたし・・・・・・確かに劇的な優勝戦だった。ゴール後のピットで師匠の今村豊と抱き合う場面があった。しかしながら、僕はリザルトを見て驚愕した。

 

白井英治:スタートタイミング、.00」

 コンマゼロゼロ。これをボートレースでは『タッチスタート』という。タッチスタートの場合は、フライングにならない。しかし、艇の舳先(へさき)が少しでもはみ出ていたら、つまり.01速かったら、フライングで、またしても白井英治はSG優勝を逃すところだったのだ。