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ひとりじゃない

ボートレース(競艇)について

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 いつから、「競艇」から「ボートレース」に名前が変わったのだろうか。僕が子どもの頃、CMでは「競艇」と言っていた。河合克敏の『モンキーターン』という漫画も、「競艇」の漫画だった。2010年代から、「ボートレース」という名称を使って、イメージアップを図っているみたい。ここではひとまず「ボートレース」という呼称を使うことにする。

 レースの名称にもメスが入った。

 例えば、先日行われたばかりの「ボートレースオールスター」は、かつては「笹川賞(ささかわしょう)」という名称だった。これはファン投票で出場選手を決めるSG(最高峰の格を持ったレース)競走である。まだ、あまり「競艇」に関心を持っていた頃でも、さすがに「笹川賞」ぐらいは知っていたが、「笹川賞」という名称もなくなってしまった。

 

 まあ、体質の変化をネガティブに捉えているわけではないし、この記事では、僕がどういうふうにしてボートレースを知ったかを綴っていこうと思う。

 

 たぶん最初に真剣に観た大レースは、池田浩二が優勝した、「賞金王決定戦(現:「グランプリ」)」だったと思う。2013年の暮れであった。だから僕のボートレース歴はすごくまだ短い。ただ、その時点で競馬歴12年とかだったので、同じ公営競技であるボートレースにはスムーズに入っていけた。

賞金王決定戦」は、その年の獲得賞金ナンバーワンを決めるレースであり、優勝賞金は1億円である。競馬の有馬記念のごとく、艇界の1年間の総決算であり、舟券が最も売れる。

 池田浩二という選手は、賞金王決定戦を2回制している(2011年、2013年)。僕が観たのは2013年のほうだ。

 ご存じの方も多いと思うが、ボートレースという競技は、一番内側の1コースに入った選手が圧倒的に有利である(データが証明している)。だいたい2回に1回は1コースの選手が勝つ。それを「つまらない」という向きもあるだろう。

 2013年の賞金王決定戦でも、1号艇で枠なり1コースに入った池田浩二が、あっさり逃げ切ってしまった。出目は1→2→3で、三連単の配当は1番人気だった。それを「つまらない」と感じる人も多いだろう。ただ、優勝戦(他競技の「決勝戦」と同義)の1号艇--ポールポジションーーを取るまでにはいろいろな過程があるし、そもそも「王道のイン逃げ」が最近は僕の気に入っているのである。

 

 で、2014年からは、かなりボートレースも観るようになった。もしかしたら競馬よりも熱心だったかもしれない。

 そういえば、鎌田義(かまだ ただし)という人気選手が引退すると聞いた。その鎌田義が2着だったのが、僕が賞金王決定戦の次に観たSG「ボートレースクラシック(総理大臣杯)」の優勝戦だった。勝ったのは松井繁、艇界の中心にいる選手である。池田浩二は2号艇で優出したが、1周め2マークで鎌田義に「ダンプ」をくらい後退した。当時は松井や鎌田絡みでいろいろ言われていた記憶がある。

 その次のSGが「オールスター」、オールスターの次のSGが「グランドチャンピオン」だった。どちらも、菊地孝平という選手が優勝した。2014年の艇界の中心は菊地孝平だった。この年の「グランプリ(賞金王決定戦)」は、東京の平和島競艇場で行われることに決定していた。さて、菊地孝平は、賞金王になれたかどうか?