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『ダービースタリオン』『実況パワフルプロ野球』『スーパーロボット大戦』の影響について 第1話

ダービースタリオン96』
ダービースタリオン96

ダービースタリオン96

 

 

「『ダービースタリオン96』が発売されたのは、1996年3月15日だったそうです。これはスーパーファミコン専用ソフトです。当時、我が家はゲーム機をスーパーファミコンしか所有しておりませんでした。1996年3月15日発売ということは、スーファミというハードの末期に近いソフトであるといえます。
ダビスタ96』の他にも、『星のカービィ スーパーデラックス』、それとこれは95年の年末商戦のソフトですが、『天外魔境ZERO』も買ってもらった覚えがあります。我が家のどこにそんな金があったのでしょうか。親は『当時はバブリーだったから』と言っていますが、もうバブルはとっくの昔にはじけていたはずです。
ダビスタ96』は、ソフトの形が、一般的なスーファミ用ソフトよりも大きな形でした。ちょうど1996年といえば、(私は観ませんでしたが)『みどりのマキバオー』がテレビアニメ化された年であり、現実の競馬界ではサンデーサイレンス産駒が猛威をふるい、売り上げ面でも有馬記念の馬券売り上げがギネス記録となっていて、90年代前半の競馬ブームが持続している状態でした。ちなみに、この年のダービー馬はフサイチコンコルドでした。
 けれども小学校低学年の私には現実の競馬でどんなことが起こっていたかなど知っているはずもなく、攻略本にしたがって『ダビスタ96』をプレーしておりました。もしかしたら、その攻略本を通して、競馬のことを生まれて初めて認識し始めた、言い換えれば、その攻略本を読んだことが、のちに競馬にハマる伏線となったのかもしれません。『トウカイテイオー強い・・・ビワハヤヒデ強い・・・ナリタブライアン強い・・・サンデーサイレンス高い・・・』とかね。
ダビスタ96』では、競走馬と騎手の名前が実名なのですが、実はこれはダビスタシリーズでは異例でした。昔のダビスタだと、オグリキャップが『アグリキャップ』、武豊が『滝登』、といった具合になっていました。わたしはそんなことなどつゆ知らず、馬を育てていたわけでした。

 

人の進路に影響を与えるゲームソフト

 JRA栗東トレーニングセンター所属の川島信二騎手は、競馬を知ったきっかけがダビスタだったそうです。また、競馬予想家の亀谷敬正さんは、もともとダビスタの攻略で有名になった人で、当時は20歳以上でも学生は馬券を買えませんでしたから、なんと大学を中退して予想家になり、現在に至っているということだそうです。
 このように、ダビスタは人の進路にも影響を与えるほど、もしかしたら競馬ゲームというジャンルの枠を超えて、大きな存在であったわけです。

 

ダビスタの歴史

 ここで、ダビスタの成り立ちから最盛期までを振り返ってみようと思います。
 まず第1作『ベスト競馬・ダービースタリオン』は、1991年の末に、ファミリーコンピュータ用ソフトとして発売されました。
 完全にWikipediaにおんぶに抱っこ状態でしゃべっておりますけども、この第1作『ベスト競馬・ダービースタリオン』には”穴”がありました。”穴”とは”欠落”ということですね。具体的には、『関東のレースにしか出走できない』『牡馬しか所有できない』『だから桜花賞オークスは存在しない』というものです。
 というわけで、そういう不備を(一部)埋めた第2作『ダービースタリオン 全国版』が1992年に、やはりファミコン用ソフトで発売されました。一部というのは、牝馬はまだ所有できなかったのです。『全国版』という名が示すとおり、関西のレースにも出走できるようになったわけです。それにしても1992年といえば、『スーパーマリオカート』が発売され、『ストリートファイターII』が移植された年ですので、完全にスーパーファミコンの時代になっていたはずです(そういえば『ドラゴンクエストⅤ』も92年発売でした)。にもかかわらず、薗部(博之)さんはファミコンで『ダビスタ全国版』を出したわけです。
 第3作が『ダービースタリオンⅡ』です。晴れてプラットフォームがスーパーファミコンになりました。1994年発売ですから、現実の競馬界では、ビワハヤヒデナリタブライアンの兄弟が大レースを勝ちまくっていた年でした。ここから牝馬が所有できるようになり、競走馬育成ゲームとして完成されていきます。
 第4作が『ダービースタリオンⅢ』。1995年1月発売ということは、サンデーサイレンスの初年度産駒が暴れまくっていた時期です。実はわたし、『ダビスタⅢ』の攻略本だけ所有しておりました。サンデーサイレンスは、どんな扱いだったんでしょうか? ここで競走馬育成ゲームとしての『ダービースタリオン』は完成され、売り上げもミリオンを超える大ヒットシリーズとなります。

 そして、シリーズでもっとも売れたのは、プレイステーション用の『ダービースタリオン』です。シリーズは回を重ねているにもかかわらず、『ダービースタリオン』に何もついておりません。シンプルイズベストということでしょうか。
 PS版『ダビスタ』が発売されたのは1997年7月。その約半年前に『ファイナルファンタジーⅦ』がPS専用ソフトとして発売、『FFⅦ』の破壊力は計り知れないものがありました。その流れに乗って・・・・・・といったら失礼ですが、PS版『ダビスタ』は競馬ゲーム史上1番売れたソフトになりました。ちなみにこの年のダービー馬はサニーブライアンです」