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願いがいつか叶うまで

ひとりじゃない

いつ「週刊少年サンデー」と「週刊少年ジャンプ」を読まなくなったのか

 ぼくは中学時代お小遣いが月2000円だった。週刊少年ジャンプ週刊少年サンデーを読んでいた。お小遣いは全部ジャンプとサンデーを買うお金に消えていた。

 しかるに今週号の週刊少年サンデーは【特別定価 280円】だった。これでは2000円では足りない。

 

 

 来るべき時は来てしまった。『ハヤテのごとく!』がついに終わってしまった。全52巻という、ラブコメ分野ではおそらく日本記録となる足跡を残して。

 もっとも、末期はまさに末期ガンの患者に懸命に延命治療をさせているような状態だった・・・・・・。

 

 ぼくが高校1年のときに『かってに改蔵』が終わり、『ハヤテのごとく!』が始まった。

 ぼくは高校に入学してお小遣いが上がってからもサンデー・ジャンプをしばらく買い続けていた。いつから両誌を読まなくなったのだろうか。

 

 まず、『D.Gray-man』が連載開始された時は、まだジャンプを買っていた。

 

D.Gray-man (1)    ジャンプコミックス

D.Gray-man (1) ジャンプコミックス

 

 

 初回を読んだ時、素直に「凄い漫画が出てきた!!」と思った。ネットではあることないこと流言蜚語が飛び交っていた。Wikipediaによると連載開始が2004年27号らしい。

 サンデーで、『かってに改蔵』と『美鳥の日々』が同時に終わったのが2004年34号のようなので、『D.Gray-man』開始時は、まだ改蔵は終わっていないし、ハヤテは始まっていない。

かってに改蔵』連載終了後、すぐに『ハヤテのごとく!』の連載が始まった。2004年45号だそうだ。

 ぼくは「あのいわくつきの読み切りを連載開始させるのかよ」と驚いた。読み切り版『ハヤテの如く』のとあるセリフが問題になり、KONAMIから抗議を受け、サンデー側が謝罪文を掲載する事態になった。畑健二郎久米田康治の弟子であることは、なんとなく把握していたけど、同時にあまり意識していなかった。

 そして『ハヤテのごとく!』連載開始号を読んで「凄い漫画が出て来た!!」と思ったかというとNOで、それでも「打ち切られないだろうなあ」という妙な予感はあった。

 

ハヤテのごとく! 1 (少年サンデーコミックス)

ハヤテのごとく! 1 (少年サンデーコミックス)

 

 

 

 ハヤテ以後、強烈に覚えている新連載はこの7作だ。そうだ、『ダレン・シャン』の漫画版が連載します~ということを聞いて、「ちょっと違うんじゃないのか?」と懐疑を抱いた。サンデーを読まなくなったのはちょうどそこら辺だ。

 翌年には伊坂幸太郎『魔王』のコミカライズ版『魔王 JUVENILE REMIX』も加わって、それが結局サンデーから離れる決定打となった。漫画はオリジナルでなくてはだめだという信念があのころはあった、というよりも、コミカライズ作品を二段階ぐらい下に見ていた。

 本人の名誉のために付け加えておくと、『ダレン・シャン新井隆広はその後本誌においてオリジナル作品を描き、先週号(2017年19号)から週刊少年サンデーに復帰している。また、『魔王』大須賀めぐみは、新設雑誌「ゲッサン」に移動し、2012年からオリジナル作品を連載するなど活躍を続けている。

 

 では、ジャンプはいつの時点で読まなくなったのか。

 D.Gray-man開始以後で、新連載作品について覚えていること。

 あっ!

 

 そうだ、ToLOVEる』が始まったときには、もうジャンプを買っていなかった。

 

 

To LOVEる -とらぶる- (1) (ジャンプコミックス)

To LOVEる -とらぶる- (1) (ジャンプコミックス)

 

 

 実はぼくは、「矢吹健太朗に萌え漫画を描かせたら絶対に流行る」と、『BLACK CAT』連載時からずっと思っていた。思っていたら、用意周到にも「脚本:長谷見沙貴」つきで、矢吹健太朗エロマンガ萌え漫画が連載開始をしたのである!!(2006.21/22)

 その直後にも『DEATH NOTE』が終わったり(2006.24)、『斬』の初回が掲載されてネットが大荒れになったり(2006.34)、不遇の佳作『P2!』が始まったり(2006.43)、いろいろなことがあった、本当にいろいろなことがあった。ただ、その頃にはもうジャンプを買ってはいなかった。