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願いがいつか叶うまで

ひとりじゃない

「4000字埋めるチャレンジ」! 第1回「高校の日本史」

 昨日は4000字制限でアニメを語ることにチャレンジしたので、今度は「やりにくいお題で4000字をなんとか埋める」チャレンジをやりたいと思います!

 

  • できるだけお題は狭い範囲もしくは抽象的なものにする
  • 4000字に達せなかったら「ギブアップ」申告

 で、今回のお題は、抽象的な「高校の日本史」というお題になりました!

 

 

 

 それでは始めたいと思います(もうこの時点で文字数はカウントされています)。

 ファイッ!!

 

 

 僕の高校では、2年のとき「日本史B」が必修だったと思います。担当の先生は、高校の先生にしては珍しく? アカデミックな方で、授業はさながら大学の講義のようでした。

 実を言うと、僕は「日本史B」が苦手でした。テストの点数も「世界史B」のほうがいつも高かったです。

 小学校の頃は、いつも休憩時間に図書室で「学習漫画 日本の歴史」を読んでいて、中学の歴史のテストはいつもほぼ満点だったのに、どうして?

 思うに、「漢字を書くのが苦手だった」というのが、最大の理由だったように思います。「世界史だって中国史があるじゃないか!」ごもっとも。だとしたら、(当時は)世界史の魅力が日本史を上回っていたというのも、最大の理由として挙げられるでしょう。

 中学のテストでは、漢字をひらがなで書いても正解でしたが、高校になると、必ず漢字で書かなければならなかったので、苦手でした。

 それに、高校日本史は、「中学までやっていた日本の歴史をもう一度やらされる」というコレジャナイ感が強かった。しかも、カリキュラムの事情で、南北朝時代までで必修の日本史は打ち切られてしまったのです。僕はためらいなく好きで得意な世界史を選択しました。それに、僕が日本史でいちばん興味があったのは近現代史のほうだったのです。

 

 だから、室町時代以降、とくに近世以降の日本史は、大学に入ったあとで自力で勉強しなければならない羽目になりました。もちろん、高校レベルの日本史です。

 大学2年のころ、学校にも行かず、かといって下宿に引きこもっているのもつまらないので、中野駅近くの某喫茶店で、高校日本史の参考書をひたすら読んだりしていました。『ナビゲーター日本史』『石川の日本史実況中継』……もちろんこのあたりは読みました。とくに近代以降に力をいれて。

 

 なぜそんな近現代史(とくに近代史)にこだわるのか? ルーツは、小学校低学年の時期に遡ります。

 地元のいちばん大きな本屋で、親父に「学習漫画 日本の歴史」を買ってもらったことがありました。親父は、どうせ読むのなら原始時代から……と、第1巻「日本のあけぼの」(たぶんそういったタイトルだったはず)を選ぶことを薦めました。

 しかし僕は、「大正デモクラシー」の巻の表紙になぜだか強く惹きつけられ、「大正デモクラシー」の巻を買ってほしい、とねだりました。「それでも原始時代から勉強するほうがいいんじゃないのか」と親父は言いましたけれども、けっきょく「大正デモクラシー」の巻を買ってもらいました。

 

 もう、Amazonで検索しても、書影が出てこないのが残念です。たぶん、表紙に描かれていた、電話や蓄音機に強く惹かれたのだと思います。この「大正デモクラシー」の巻は、現在に至るまで僕の愛読書です。

大正デモクラシー」といっても、大正天皇が死んで終わり、普通選挙法と治安維持法が同時に成立して終わり……といったわけではなく、昭和初期も扱っていました。たぶん、浜口雄幸が狙撃されるあたりまで描かれていましたから、昭和恐慌までを扱っていたのだと思います。その次の巻が、いわゆる「十五年戦争」の巻で、満州事変が語りはじめだったんだろうと思います。

 

 さて、当初、といっても大学生の僕は、明治初期(西南戦争・紀尾井坂の変以降)から、あらためて日本近代史を勉強することになりました。

 実は、個人的に太平洋戦争終戦以降の歴史(つまり現代史--)には多少自信がありました。日本現代史です。1945年から、1988年まで、つまり終戦から僕が生まれるまでの出来事にものすごく興味がありました。何しろいろいろな関連書籍が出ていましたからね。でもそれは当然のことであって、「この年にこの事件・事故があった」もっと狭い範囲で言うと「東京タワーはこの年にできた」「東京オリンピックはこの年に開催された」「新幹線・高速道路はこの年にできた」「この年に東大の入試が中止になった」「この年によど号ハイジャック事件三島由紀夫の割腹自殺があった」「ロッキード事件田中角栄が逮捕された」「大平総理は在任中に死んじゃった」「中曽根内閣の時期に電電公社国鉄と専売公社が民営化された」とか、いちいち暗記しておりました。

 これはすべて日本国憲法の体制下(もちろん現在もそうですが)で起こったことであって、僕は「日本国」は知っていても「大日本帝国」は知りませんでした。

 だから大日本帝国憲法下でどんな事態が進行していたのかということに関する知識はガバガバでした。「お前大正時代が好きじゃなかったのかよ!?」でも、僕が大正時代に惹かれたのは、主に”文化”の部分であって、現在のような国民の暮らしができあがったという意味で、件の学習漫画を愛読していたのです。原敬が暗殺される描写はありありと覚えていますけど。

 

 ところで、なぜ「日本史」は、現代に近づくにつれて、人物(とくに政治家)をピックアップしなくなっていくのでしょうか?

 例えば、山県有朋は、伊藤博文大隈重信板垣退助に比べて知名度が低い(独断と偏見)ですよね? 伊藤博文は初代総理大臣、大隈重信早稲田大学板垣退助は「板垣死すとも自由は死せず」と、キャラが非常に立っておりますけど、山県有朋は近年までおもに負の側面で知られていましたから(独断と偏見)、存在感が薄いのは否めません。近年になって山県の再評価が進んでおりますが、僕が小学生の頃は、長州藩出身者といえば吉田松陰高杉晋作木戸孝允伊藤博文、このあたりまでで、たぶん山県の山の字も知らなかったんではないでしょうか。

 それから山県と同じ長州閥の桂太郎日露戦争のときの内閣総理大臣なんですけど、むしろ「大正デモクラシー」を愛読していた僕には、「大正初期に第一次護憲運動で失脚してしまったひと」というイメージが定着してしまっていて、長い間僕の中でも過小評価だったのです。桂太郎と交互に政権を担当していた西園寺公望なんか、恥ずかしながら、大学に入ってから名前を知った人物です。そもそも、「元老」なるシステムを知ったのも、大学に入ってからでした。ぼくは日本近代史について知っているようで何も知らなかったのです。

 大正時代に限定しても、「米騒動」は知っていても、「米騒動のときに誰が首相だったか」なんて知りませんでした。言うまでもなく米騒動のときの首相は寺内正毅です。「寺内内閣は米騒動の責任をとって総辞職した」とか、そういう歴史の展開みたいなもの、因果関係--そういったものにあまり気を払っていなかったのでしょうか。

 寺内の後任の原敬内閣が「日本初の政党内閣」とか、かなり致命的な歴史認識の誤り(半分正解・半分不正解)も犯していて、振り返ってみれば、詳しいと思っていたはずの大正浪漫の知識もかなりガバガバでした。「隈板内閣」とか知らなかったんですね。歴史を流れで観ようとしなかった。

 

 あと900字ですか……。

 原敬が暗殺されたあとに話を進めますと、後任は高橋是清でしたが、言うまでもなく大蔵大臣としての業績のほうが有名な人でした。首相が暗殺されるという緊急事態だったので、自分以外の閣僚が全員留任という、いわゆる「居抜き内閣」。

 そういえば高橋是清も結局二・二六事件で暗殺されるんでしたね。『暗殺教室』という漫画が最近まで「週刊少年ジャンプ」で連載していましたが、”暗殺”ってみんなの想像以上に頻繁に起こるんですよ。平和ボケというか、なんというか……明治・大正・昭和を通して、政治家に限っても何人暗殺されたことか。大久保利通はもちろんのこと、伊藤博文のあとだけでも、有名所だけでも原敬井上準之助犬養毅斎藤実高橋是清、戦後は浅沼稲次郎が『テロルの決算』で有名ですよね……実業家だと団琢磨が有名でしょうか。ところで『血盟団事件』ってなんか中二病みたいな響きに見えるのはわたくしだけでしょうか(←「人が死んでるねんで!」)。

 小林よしのりが『ゴー宣』で自分が暗殺未遂を受けたと告白しておりますが、暗殺って、みんなが思ってる以上に身近な話なんですよね……。そういえば、村井秀夫が殺されたときのNHKの中継を見た記憶がうっすらと。あと、長崎市長が射殺されてから、もうすぐ10年ですか……。

 

 きな臭い話題はここまでにしておきましょう。

 何の話でしたっけ。高橋是清の次の首相は加藤友三郎です。でも加藤友三郎は在任中に病死してしまいます。9月1日は防災の日、なぜ9月1日が? というと、関東大震災が起こった日だからです。なんとこの時日本政府に首相は(実質)不在でした。震災をうけて、翌日(9月2日)に、シーメンス事件で一旦は首相を降りた山本権兵衛(「ごんべえ」と読むのか、「ごんのひょうえ」と読むのか、どっちがいいんでしょうか?)の内閣が組閣されました。第二次山本権兵衛内閣は、虎ノ門事件の責任をとって総辞職しました。そういえば、虎ノ門事件も大学に入ってから知った事件でしたね……。

 その次の首相が清浦奎吾です。「超然主義」で有名ですね。

 

パンパカパーン!

おめでとうございます、4000字到達です!

 

 ああ、なんとかなった……。

 案外行けるもんですね、4000字埋めるの。正直「次に何書こうか?」とか、ちょっと行き詰まっていたんですが。なんとか文字を埋めることはできたようです。

 反省。あまりに脱線しすぎてまとまりがない。まぁ、いつものことです……( ´ー`)y-~~

 今は、とにかく4000字埋める「体力」をつける段階ということで、許してくだされ(どこかから「絶対に許さない!」という声)。