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願いがいつか叶うまで

ひとりじゃない

「夕やけニャンニャン」をWikipediaで調べてみるのはいいけれど--

 今回はWikipediaの怖さについて書きたいと思う。Wikipediaは諸刃の剣である。

 1985年のフジテレビについて調べたくて、そうなると自然と「夕やけニャンニャン」のことを調べたいな、と考えはするけれど、生放送のテレビ番組という性質上、Wikipediaにすがるしかないにしても、Wikipediaを盲信して唯一の「よすが」とするのもどうかと思うのだ。

 

 今回はWikipediaの「夕やけニャンニャン」の項目(2017年3月10日閲覧)を分析してみる。

 まず、Wikipediaにはつきものながら、この項目には重大な欠陥がある。参考資料がほとんど示されていないのだ。参考資料とは、書籍や、当時の映像、新聞のラ・テ欄などのことだ。実は80年代のフジテレビを代表するバラエティ番組である「オレたちひょうきん族」の項目(同じ日に閲覧)にも、同じような欠陥がある。

 ひとことでいえば、「虫食いだらけ」である。ソースに乏しいのだ。「夕やけニャンニャン」は日替わりの生放送番組だったので、おそらく、当時を知っている人が記憶に頼って書いた部分が多いのではないか? 当時の映像を所有しているなら、ちゃんと出典を明記すべきだと僕は思う。

 

「番組概要」の項だけでもこんなに虫食いがある!

 それでは「1 番組概要」の文章を詳らかに分析していきたい。

第1段落

 1985年4月1日から1987年8月31日の平日17:00 - 18:00(最終回は16:00からの2時間スペシャル)に放送された。当初の司会進行役は片岡鶴太郎、松本小雪だった。

 じつは、この時点で記述があやしい。放映期間や放映時刻、最終回が2時間スペシャルだったことは、おそらく事実なのだろう。でもそれなら、きちんと当時の新聞の縮刷版を参照するなどして、典拠を示すべきだ。当初は片岡鶴太郎と松本小雪が司会だったことも、おそらく真実なのだろうが、出典がないということは、やはり情報の信憑性に欠けてしまうのだ。

 

第2段落

「 オールナイトフジ女子高生スペシャル」の放映日時についても、「本当に関東ローカルだったのか?」を含めて、きちんと裏を取るべき。また、「『オールナイトフジ』の延長線上」「『女子高生スペシャル』が夕やけニャンニャンの開始を前提においた企画」というような記述は、もっともらしく思えるものの、出典がないので、独自解釈ととらえられてしまう危険性がある。

 

第3段落

 これは出典となった書籍をきちんと脚注で示しているのでOK(ソース有り)。

 

第4段落

 視聴率についての記述。しかし出典が一切ない。過去のテレビ番組の視聴率は、ふつう国立国会図書館に行って調べるものだ。しかしながら、ビデオリサーチが当時この時間帯の視聴率を調査していたかどうかはあやしい。視聴率のデータに関して、当時の「TVガイド」や「ザ・テレビジョン」が手元にあるなら、きちんと出典を示すべきだ。

 

第5段落(おニャン子クラブについて)

 これは、妥当な記述だと思う。これまたソースが示されていないものの、「うしろゆびさされ組」や「うしろ髪ひかれ隊」の実在を疑うヤツはいないだろうし、この段落で挙げられている人物のその後の活動を見ていない人は、おそらくこのような記事は見ないだろう。

 

第6段落(『アイドルを探せ』)

 残念ながら、典拠に乏しい。このコーナーについて真実らしく描写されているし、僕も基本的には真実であると思いたい……が、当時の放送が録画されたビデオがないと、実情はわからない。

 

第7段落(レギュラー出演者について)

 残念ながら、独自解釈が入っていると思う。

レギュラー出演者であったとんねるず田代まさしデーモン小暮閣下逸見政孝三宅正治(当時フジテレビに入社したばかりの新人アナウンサー)らをスターダムに押し上げた。

 この記述は、もっともらしく思える記述だ。しかし、そもそも「スターダム」とはなんだろうか? 穿ったイジワルな読み方をしてみると、局アナ(逸見さんと三宅アナ)を「スターダムに押し上げる」とは不自然な表現ではないか? 

 例えばとんねるずがこの番組でスターダムにのし上がったのなら、「この番組でどんなことをして、どんなふうにスターダムにのし上がったのか」を、出典を示して詳らかに記述すべきではないだろうか?

 

この批判は昔の僕に向けられている

 このあとも「1 番組概要」の記述は続くのだが、もうこれで充分だろう。

 実は、こういうサディスティックな記事を書こうと思ったのは、かつての自分が、Wikipediaを盲信していたからだ。

 僕は高校時代からWikipediaにハマりはじめ、大学時代はコンピュータールームに篭り切ってひたすらWikipediaばかり閲覧していた。その結果「Wikipedia脳」とでもいうようなものが、脳みそにくっついてしまった。そうだ、この記事はかつての自分に対する後悔から生まれたものなのだ。

 ようやく、Wikipediaの文章は、無批判に読んではいけないと思うようになった。この記事は僕にとって初めての「Wikipediaの『史料批判』」である。いや、Wikipediaを「史料」とするのはおかしいか。それなら「資料批判」でどうだろう。