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願いがいつか叶うまで

ひとりじゃない

1985年のフジテレビとフジテレビ系アニメ……というよりも、秋元康について

テレビ番組 フジテレビ系アニメ 秋元康

  小学生の頃、カレーライスのCMに秋元康が出ていた。秋元康は「評論家」という肩書きでCMに出ていた。

 

「ねぇ、母さん、『評論家』ってどんな仕事?」

 

 いまだかつて、子どもの無邪気な質問の中で、これほど大人が答えに窮するような質問があっただろうか。ただ、「評論家なんてなるもんじゃない」と家族がその時言っていたのはおぼろげに覚えている。

 

 当時の秋元康は、漫画原作者としての印象が強かった(『あずきちゃん』『ナースエンジェルりりかSOS』)。90年代中盤の話である。

 

「うたばん」というTBSのテレビ番組を覚えているだろうか? 中居くんととんねるず石橋タカが司会の、歌番組を装った破壊的コント番組である。1996年放送開始で、なんと2010年まで続いていた。最初は火曜21時台の放送だった。1999年から木曜20時台に枠移動し、子どもが見やすい枠になった。「週刊ファミ通」のCMが毎週放送されていたのを覚えている。

 中学の時、「うたばん」の破壊的なギャグに一時期凝っていた。石橋タカが、NHK教育の幼児向け番組の歌を歌ったりするのである。お台場のフジテレビ本社が破壊される回もあった。モーニング娘。とか、松浦亜弥とか、ハロプロ勢がよくゲストで出ていた。

 秋元康は、「うたばん」で”構成”としてクレジットされていた。「構成ってなにをやるんだろう?」と思っていた。今でもわからない。「評論家ってどんな仕事?」と相似した疑問だった。

 

 僕は当時保健室登校で、親はこのまま学校に通わなくなるのではないかと心配していた。母親が、『自分地図を描こう』という、秋元康が書いた、自己啓発本色が極めて濃いエッセイ本を買ってきて、読ませた。

 

自分地図を描こう

自分地図を描こう

 

 

 何が書かれていたかは、最早覚えていない。ただ、「総スカン」という言葉を、その本で知ったのを覚えている。

 

 2005年12月8日、AKB48誕生。当初は格下扱いで自然にフェードアウトしていくだろうという予測もあった。というか僕がそう思っていた。しかし、2010年代に入り急激に売り上げが膨らみはじめ、関連ユニットがかつてないほど増殖した。

 

 大学を卒業する頃、僕は母親にこう言った。

「完全に秋元康がやってることは『おニャン子クラブ』をなぞっているね」

「今の子は、そんなこと知らないわよ。知らなくて幸せじゃないの」

 

 ……というわけで『夕やけニャンニャン』(1985年開始)や『ハイスクール! 奇面組』(1985年開始)について触れたいのですが、長い前置きは確実に必要だったと思う。