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願いがいつか叶うまで

ひとりじゃない

電撃文庫アニメを勝手気ままに振り返る 第13回『我が家のお稲荷さま。』

 あなたは、「もっとも最終回らしくない最終回」を、どんな最終回だと考えますか?

 

 2008年の9月です。

 わたしは夜中に目が覚め、とりあえずテレビをつけることにしました。

我が家のお稲荷さま。』が放映されていました。

「そういえば番組改編のシーズンだな。このアニメはあと何回で終わるんだろう」と思いながら観ていました。

 

 ところで、なにぶん8年以上前のアニメなので、わたしが遭遇したこの回がどんな話だったか忘れました。

「角川枠だったから、どうせとっくに公式サイトは消されているだろう」と思ったら、案の定でした。だから、この回のあらすじを参照することができません。

 ただ、Wikipediaしょぼいカレンダーを突き合わせてみると、この回(第24話)のサブタイトルは「お稲荷さま。初詣に行く」だったようです。

 そういえば、お稲荷さま(天狐空幻。「クー」)や主人公達メインキャラが初詣に行く話だったかもしれません。

 あと、うろ覚えなのですが、この回のラストシーンが誰の視点から語られていたかというと、コウ(お稲荷さまについてきた巫女さん。CV早見沙織)という少女の視点から語られていたような気がします。

 

 そのコウの語り(モノローグ)が、いかにも次回があるような思わせぶりだったので、「ああ、これはまだ最終回じゃないな」と勝手に判断しておりました。

 特殊EDもたしかありませんでした。

 ところが、どうも様子がおかしいのです。次回予告がありません。提供バックが流れただけです。後番組の予告をする気配もありません。

「もしかして、これで最終回!?」とわたしは困惑しました。慌ててWebで調べてみると、やはりこの回が最終回で間違いないようです。だけど、わたしは納得できません。納得出来ないというより、戸惑ったというほうが正確かもしれません。いかにも次回に続きがありそうな話だったのは、先に述べたとおりです。少年ジャンプの打ち切り漫画でも、最終回はそれなりに体裁を整えるはずです。『我が家のお稲荷さま。』の場合は、ほんとうに”ぶつ切り”だったのです。いかにも続きがありそうな最終回だったのは、強調しすぎてもしすぎることはないと思います。

 

 でも、わたしはなんだか納得してしまいました。

 なぜなら、監督が岩崎良明だったからです。

『岩崎アニメ』という造語を知っているでしょうか? いや、これはあまり流通しなかった造語なので、ここで「知っていますか」と言っても意味がないのかもしれませんが。

 岩崎良明監督は、2000年代にほぼ1年に1回のペースでテレビアニメを監督しています(たぶん計9本)。いちいち各作品を列挙はしませんが、『ラブひな』に始まり、『陸上防衛隊まおちゃん』・『極上生徒会』・『ゼロの使い魔(1期)』・『ハヤテのごとく!!』--このあたりは観ていた記憶があるぞ。

 で、岩崎良明監督作品を『岩崎アニメ』という概念で括ってみますと、どうも共通する作風というか……雰囲気というか……ノリというか……気分というか……そういう要素を抽出できるような気がします。

 悪く言えば、当たり障りがない。良く言えば、明るくて、視聴者に負担を強いない。

我が家のお稲荷さま。』でついに岩崎良明は何かを悟ったのか、最終回を”ぶった切り”にすることに成功します。

「ああ、『岩崎アニメ』だから仕方ないや」と、その時わたしがつぶやいたかどうかは、定かではありません。

 

 そういえば、角川枠のアニメには、こういうぶつ切り感のある最終回が多いような印象があります(話数も少ない)。

 みんなが感動して泣いている卒業式よりも、カラッとドライに別れようぜ、みたいな信念というか、なんというか。

 

 わたしはその後、過去のアニメで「最終回っぽくないけど最終回」だった、というケースを、いくつも知ることになるのですが……。「最終回っぽくないけど最終回」で真っ先に思い起こすのは、未だに『我が家のお稲荷さま。』の最終回です。