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願いがいつか叶うまで

ひとりじゃない

ノイタミナから遠く離れて~CX系アニメ考~ 1982年のフジテレビ

森田一義アワー 笑っていいとも!』という番組が「あった」。

 1982年10月放送開始、2014年3月放送終了。

 そうだ、『いいとも』は、「終わった」のだ。

 

 僕はこの番組を、テレビ番組の代名詞だと思っていた。

 テレビ番組の代名詞が終わったら、いったいなにが残るんだろう。

 テレ朝の『徹子の部屋』が、『いいとも』が終わったあと、正午に枠移動した。

 永六輔も死んだ。巨泉も死んだ。もはやテレビ放送の生き字引と言えるのは黒柳徹子ぐらいではないか?

 

1982年に始まったフジテレビ系番組(抜粋)

  • おはよう! ナイスデイ(ワイドショー)

1982年に終わったフジテレビ系番組(抜粋)

  • 小川宏ショー(ワイドショー)
  • ママとあそぼう! ピンポンパン(子供番組)

 

 始まった番組よりも、終わった番組の存在感が目立つ。

『おはよう! ナイスデイ』の前番組が『小川宏ショー』である。『小川宏ショー』は、日本教育テレビ(後のテレビ朝日)の『モーニングショー』と並んで、日本におけるワイドショーの草分け的存在だった。

 そんな長寿番組『小川宏ショー』をバッサリ切って、新番組『おはよう! ナイスデイ』を投入した。

 また、これも60年代から続いていた『ママとあそぼう! ピンポンパン』を打ち切って、子供番組を『ひらけ! ポンキッキ』に一本化した。

 

 明らかに、旧体制から新体制への移行だった。

 

1982年に始まったフジテレビ系アニメ

 このうち、『逆転イッパツマン』は、タイムボカンシリーズで初めて三悪が勝利した作品として有名である。

 

 ところで、レギュラー放送の新番組アニメが、5つしかない。たしかにこの頃はテレビアニメの絶対数が少なかった。しかし、フジ系の新番組アニメは、前年の6本からさらに減っており、いかにこの時期のフジ系アニメが安定していたかを物語っている……とは言えないだろうか。

 

世界名作劇場』枠と、『パタリロ!』の枠移動により開始した『スペースコブラ』を除く3番組の前番組を挙げてみよう。

 

 特筆すべきは『1000年女王』の終了と『さすがの猿飛』の開始だ。

『1000年女王』の前番組はあの『銀河鉄道999』だ。原作者は両方とも松本零士。70年代後半から、フジテレビは松本零士原作のアニメを多数放送していた。その流れが、『1000年女王』の終了で途絶えた。松本零士ブームが終わっていく。

さすがの猿飛』の原作者は細野不二彦。放送開始当時23歳の若手漫画家である。たしかに、『おじゃまんが山田くん』の原作者のいしいひさいちも、放送開始当時は20代だった。しかし、『山田くん』の牧歌的な雰囲気から、清新な「少年サンデー」路線を地で行く『猿飛』への転換は確実にドラスティックであった。付け加えるならば、『猿飛』はアニメファンの間では”作画アニメ”として有名である。

 

 当然『Dr.スランプ アラレちゃん』と『うる星やつら』は絶好調であった。