読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

願いがいつか叶うまで

ひとりじゃない

電撃文庫原作TVアニメを勝手気ままに振り返る 第11回『灼眼のシャナⅡ』(後編)

 どうしても気になっていることがある。本作の前期OP映像において、池速人が吉田一美に想いを伝え、吉田さんが虚を突かれ赤面している個所がある。ところが、記憶を辿ると、アニメ本編でそういった描写はされていなかったような気がする。

 ちなみに、後期OP映像は山本寛が手がけている。いかに演出家として彼が「豪腕」であり、その映像制作力が傑出していたかを観るがいいだろう。

 

 

BLAZE

BLAZE

 

 

 

ゼロの使い魔』というアニメがある。『灼眼のシャナ』(1期)が終わった3ヶ月後に放映を開始したUHFアニメ*1であり、メインヒロイン(ルイズ)と主人公(平賀才人)の声優が『灼眼のシャナ』と同一であった。

 実は、ルイズは『ミスキャスト』であったという意見が何処かであるらしいが、ここではあえて同じ釘宮アニメとして『ゼロの使い魔』と『灼眼のシャナ』を比較してみたい。

 

 どうして、『灼眼のシャナ』シリーズは、『ゼロの使い魔』シリーズのようにはっちゃけられなかったのだろうか。

「それは、原作小説の性質からして、致し方のないことだよ」と何処かから声がする。そのとおりだ。僕は『灼眼のシャナ』の原作小説を読んだことがない。しかし、アニメとしての『灼眼のシャナ』は、実に真面目な作品であった。

 対して、『ゼロの使い魔』は、随分おちゃらけたアニメである。コメディである。浮ついてる。露骨なお色気がある。

 ぶっちゃけ、アニメとしての質は、『ゼロの使い魔』よりも『灼眼のシャナ』のほうが高いと思う。『ゼロの使い魔~双月の騎士~』(2期)の最終回を観たときなんか、画面に向かって、殴りつけてやろうかと思ったほどひどかった。

 ただ、『灼眼のシャナ』が無骨すぎるのも事実である。綺麗に完結した。それは認める。ただ僕は、『灼眼のシャナ』の真面目さにどこかぎこちなさを感じた。それに比べると『ゼロの使い魔』はコメディあるいはコントとして観ると、ずいぶん明るくて、あっけらかんとしていて、バカっぽいんだけど、今思うと嫌いではなかったのだ。

 

 2012年3月、『灼眼のシャナ』シリーズと『ゼロの使い魔』シリーズが同時に完結した。明らかに2000年代の終わりを告げる出来事だった。

 

 

 

灼眼のシャナ (電撃文庫)

灼眼のシャナ (電撃文庫)

 

 

 

ゼロの使い魔 (MF文庫J)

ゼロの使い魔 (MF文庫J)

 

 

*1:死語。