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願いがいつか叶うまで

ひとりじゃない

『くまみこ』

 仙台。アイドルコンテスト会場から抜け出してしまったまちを捜索する良夫と響。いっぽう自責の念に襲われたナツは良夫から「まちが居なくなった」という連絡を受け、道路を激走し仙台へ急ぐ。

 ナツが持っていたタブレットGPS機能からまちの居場所が割り出された。大急ぎで良夫と響はまちが居るはずのデパートに駆け込むが、とうとうまちは見つからない。デパートの屋上で響は良夫に「あそこまでしてまちを担ぎ出す必要があるのか」と問い詰める。しかし良夫は「村おこしは大事だよ」と断言。熊出村の伝承まで持ち出して、まちは村全体の希望だ、と言い張る。その会話を隠れてまちが聞いていた。

 

 ナツが仙台に来た。まちは未だ会場に現れない。まちの出番になってしまった。万事休すか……と思いきや、突然まちがステージに現れる。『田舎者だ! 石を投げろ! 帰れ帰れ!』ステージでまちは幻覚を見る。しかし、会場にたどり着いたナツの決死の咆哮により、本物の巫女と化すまち。ステージは大盛況のうちに終わる。

 だが、まちにはまだ幻覚が見えていた。『田舎者だ! 石を投げろ! 帰れ帰れ!』

 

「石……投げられた」まちは決定的な言葉を口にする。「わたし、都会の高校、行かない!」

 良夫は響に言う。「俺も昔、仙台に行って、『石を投げられたことがある』」「俺は村おこしを諦めない。熊出村を日本一の村にしてみせる!」

 まちは最早「タブレット」や「通販サイト」という言葉の意味が分からないほどに神経衰弱していた。

 

 

 ーー以上が、『くまみこ』最終話の顛末である。

 この最終話が「荒れた最終話」だとしたら、どこに問題があるのだろうか。やはり、「良夫の態度があり得ない」というのが普通の意見だろう。だが、それ以上に、まちが『石を投げられる幻覚』を見るシーン以降の運び方がまずかった。僕は、実は「まちが結局都会の高校に行かず、熊出村に残る」という締めくくりは妥当だと思っていた。ただ、最終話では、その結論に至るまでの説得力がなさすぎた。まちが幼児退行した、とも解釈できるラストも、多くの視聴者を混乱させた原因である。

 

 それにしても、放映当時(今年の6月)は、あまりの悪評に、最終話が怖くて観られなかった。ケチがついた最終話は怖くて観られなかったのだ。パンドラの箱を開けるような感じだった。しかし、昨日僕はそのパンドラの箱を開けることができた。もちろん物凄い勇気は要った。実は、『くまみこ』は4月期のアニメの中で1,2を争うくらい気に入っていたアニメだった。だからあの騒動は身に応えた。で、最終話というパンドラの箱を開けてみて、覚悟はしていたから、「ああ……」という感じだった、別に今も『くまみこ』に失望はしていない。

 

 

 

くまみこ 1 (MFコミックス)