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願いがいつか叶うまで

ひとりじゃない

『昭和元禄落語心中』

 第1話(1時間スペシャル)を観て、関智一VS石田彰とか何年前のアニメだよ、とか思っていたら、今度は石田彰VS山寺宏一である。林原めぐみも出てきた。

 

 僕はここ最近は「キャラクターの気性」に注目してアニメを観ているけれども、『昭和元禄落語心中』に関しては、「キャラクターの気性」云々よりも、声優の演技にやはり比重がかかっているアニメであることを、否定するつもりはない。

 つまり僕が標榜している「キャラクターの気性」を、アニメ語りにおいて何%馴染ませるかという問題である。与太郎・菊比古(後の八雲)・初太郎(後の助六)などなど、ひとこと言っておきたい人物には事欠かないのだが、このアニメで「キャラクターの気性」を馴染ませるのは、せいぜい20%であろう。

 やはり、噺(はなし)パートにおける声優の演技が生命線である、という認識が過言でもないアニメだ。

 

 

らくごDE枝雀 (ちくま文庫)

らくごDE枝雀 (ちくま文庫)

 

  ところで、今こんな本を読んでいる。実は『昭和元禄落語心中』を取り上げようと思った動機は、ちょうどこの本を読んでいたからだ。もっとも枝雀は上方落語である。このアニメは江戸落語だ。僕は伝統芸能に詳しくないので、上方と江戸の落語の違いをネットで調べてみても、どうもわからない。

 第3話で、戦時中に落語が規制される描写が出てくるが、どういう背景で規制されたのか、wikipediaだけではわからない。上方と江戸の差異もしかり。伝統芸能を勉強するのも一筋縄ではいかないようだ。僕は「昭和」という時代背景に興味があるので、当時の風俗がどこまで精細に描かれているか、眼を凝らしている。ここがいい加減だと、作品に締まりがなくなってしまう。