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願いがいつか叶うまで

ひとりじゃない

フジテレビ系アニメの礎

フジテレビの旧本社跡地を聖地巡礼したことがある。かつてフジテレビの本社は新宿河田町にあった。しかし1997年にお台場に移転、以後「フジテレビ=お台場」という意識が定着しつつある。旧河田町本社は取り壊され、跡地は「河田町コンフォガーデン」というマンションになった。だから旧本社跡地を聖地巡礼したといっても、そこにはマンションがあるだけだった。

 

現在、河田町時代から継続しているフジテレビ系アニメは、『サザエさん』と『ちびまる子ちゃん』だけだ。

 

源流

 

思想に源流思想があるように、日本のテレビアニメにも「源流」と呼べるものがある気がする。フジテレビ系アニメの歴史を辿ってみよう。

 

多くの人が認識しているように、現在のテレビアニメの祖といえるのが『鉄腕アトム(1963年版)』であり、その放送局こそフジテレビなのである。そして『アトム』の制作会社は虫プロダクションだった。

しかし「源流」は虫プロだけではない。『アトム』と同年には、あと2つのアニメが放映開始している。すなわち『鉄人28号』と『仙人部落』である。この2作品の制作会社こそTCJ動画センターであり、つまり現在のエイケン、『サザエさん』の制作会社なのである。

 

翌1964年には『0戦はやと』が放映開始する。この制作会社こそピー・プロダクションである。創業者は鷺巣富雄うしおそうじ)、CS放送局のキッズステーションとの結びつきは、かつてキッズステーションで『うしおそうじ物語』が放映されたことからも明らかだ。

また、ピー・プロダクションは特撮番組の制作も担当しており、フジテレビで放送した特撮番組の代表といえば『マグマ大使』、原作は手塚治虫なのだから面白い。

アニメ番組の代表作は『ハリスの旋風』(1966年)。

 

1965年にタツノコプロが参戦、『宇宙エース』はタツノコアニメとしては珍しく白黒アニメだった。カラーアニメの60年代代表作は『マッハGoGoGo』『ハクション大魔王』、『昆虫物語みなしごハッチ』はギリギリ70年代でした。

 

東映の参戦は遅れた。1968年の『ゲゲゲの鬼太郎』が実はフジテレビ=東映タッグの第1作である。しかもモノクロ。ところで鬼太郎6期はいつ来るのかなあ。

 

1969年末には東京ムービーがようやく参戦、『ムーミン』は成立事情がややこしいんだけど、その30分前にやってた『アタックNo.1』、これは言わずと知れたスポ根アニメの代表作だ。

 

1960年代にフジテレビ系アニメに参画した(主な)制作会社