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ひとりじゃない

ノイタミナから遠く離れて~CX系アニメ考~ 『こちら葛飾区亀有公園前派出所』4

 

 

 

こちら葛飾区亀有公園前派出所』の放映期間は、96年6月16日から04年12月19日まで。放映開始時、フサイチコンコルドが勝った日本ダービーは既に終わっていた。

 

こち亀』放映期間内のダービー馬の一覧である。

ところで、競馬ファンなら、せめてミスターシービー以降のダービー馬は全部暗記しておいてほしいと思う。特に平成以降のダービー馬がすらすら出てこないようでは困る。馬券にしか興味がないオッサンは「余計なお世話だ!」と言うかもしれないが……。

 

話が脱線してしまった。

僕が競馬中継を自分から観だしたのは、テレグノシスNHKマイルカップからだ。そう、タニノギムレットが不利を受けて審議になったいわくつきのレースである。

僕は、タニノギムレットはもっと評価されていいと思う。種牡馬としてウオッカを出した以前の問題である。つまり、タニノギムレットの競走馬としての個体能力のことだ。

何しろダービーであのシンボリクリスエスを並ぶ間もなく差し切っているのだから、その後のシンボリクリスエスの活躍を思えば……という幻想が出て来る。所詮「たられば」に過ぎない。しかし、タニノギムレットシンボリクリスエスと同じロベルト系の馬なのだ。無事に秋を迎えていれば……という幻想が出て来る。ただ、松田国英厩舎だったのが、どのみち運の尽きだったのかもしれない。

 

タニノギムレットの翌年のダービーもよく覚えている。保護者同伴で、ウインズ米子で観た。ネオユニヴァースゼンノロブロイは、繁殖成績でなぜこんなに差がついてしまったのだろうか。いま、ゼンノロブロイの条件馬時代のレースを観返すと、あまりの強さに驚く。ネオユニヴァースは、いつも微差で勝っていた印象があるので、「あまり強くない」というイメージがつくのも仕方ないだろう。しかし、サイアーラインが続くのは、どうみてもヴィクトワールピサを出したネオユニのほうだ。

 

ゼンノロブロイといえば、4歳で勝った天皇賞・秋を思い出す。たしか京都大賞典ナリタセンチュリーに負けていたと思う。本番では岡部さんからペリエに乗り替わっていた。

高校1年生で、放送部に入っていた。高校野球の、秋季大会のバイトに駆り出された。高校時代から、若干日曜日に予定が重なってレースを生で観られないときが出てきた。あの時も、秋天米子市民球場でのバイトがバッティングしていた。でも試合は秋天の発走までに終わったので、慌てて公衆電話で母さんに電話して、ラジオの音声を届けてもらった。1番人気のゼンノロブロイが勝ってつまらないと思った。2着は3歳牝馬ダンスインザムードで、全然人気がなかったが、いわゆる親子丼(同厩舎のワンツー)だった。たしか毎日放送の美藤アナは、3着馬(アドマイヤグルーヴ)をトーセンダンディと取り違えていた。まぁそんなミスはどうでもいいことだ。『こち亀』のアニメが終わる直前のことだった。