願いがいつか叶うまで

ひとりじゃない

ライスシャワーをめぐって~「レース」が自己に訴えかけるということ~

えー管理人です。

このブログ、「競馬」カテゴリーでは、天国にいるライスシャワーサイレンススズカが討論するという形で書いております。

なぜライスシャワーサイレンススズカなのか? 直感です。ただこの2頭にはレース中に故障して安楽死したという共通点があります。しかしながら、なぜ数ある名馬の中からライスシャワーサイレンススズカを選びだしたのかという理由は、管理人である私本人にもわかりません。

 

ライスシャワーの現役時代を、当然私は知りません。でも、ライスシャワーは、もっとも劇的な生き方をした競走馬の一頭だと思っています。ですが、当時を知る人間にとっては、必ずしもそうではないようなのです。

 

わたしは人生で一度だけ京都競馬場に行ったことがあります。ヒシミラクルが勝った天皇賞・春を観に行ったのです。ライスシャワーの墓もちゃんと見てきました。ある青年が、お参りをしていた光景を、比較的鮮明に覚えています。

 

どうやら、ライスシャワーの死が「ビジネス」に利用されたという認識が、当時を知る人間にはあるようです。

たしかに、ライスシャワーは悪役出身の馬でした。ダービーで本命党を奈落の底に陥れたのを皮切りに、ミホノブルボンの夢を絶ち、メジロマックイーンの夢を絶ちました。現代風のことばなら「KY馬」の典型だったでしょう。

しかし、95年の天皇賞・春で事態は一変します。

 

95年春天での復活劇から、悪夢の宝塚記念での死に至る過程が、ロマン派を呼び込む水となり、ライスシャワーの評価を二分させました。

 

ただ、これだけは言わせて欲しい。私は中学時代、グリーンチャンネルで、95年春天を、何の予備知識もなく観ました。ライスシャワー安楽死した馬だということだけは知っていました。

超ロングスパートで的場均ライスシャワーが先頭に立ちます。ハギノリアルキング、そしてステージチャンプが追ってきます。着差は、ステージチャンプの蛯名騎手が間違えてガッツポーズするほどきわどいものでしたが、ライスシャワーは確かに勝ちました。隔年で天皇賞制覇という史上まれに見るえらいことをやってのけたのです。

私はこのレースを観て、言いようのない何かを感じました。なにか宗教的、神秘的な体験とでも言うのでしょうか。良いアニメを観たときも、宗教的、神秘的な体験を覚えるということが私には時たまあるのですが、それに似た感覚でした。

 

馬は何も訴えていません。的場均ライスシャワーも何も訴えかけていません。しかし、「レース」は私に強烈に訴えかけていました。2008年の天皇賞・秋を現地で観戦して、私は自殺を踏みとどまりました。「レース」が筆舌に尽くしがたい何かを訴えかけることは、ままあります。昨日の船橋最終レースだって同じことなのです。